平成 29 年 7 月九州北部豪雨 福岡県朝倉市現地視察報告 第 1 報(速報) コラム

2017年7月15日

7月15日

ADI 災害研究所  伊永  勉

7 月 5 日に朝倉市を襲った大雨は、尋常でない大被害をもたらした。

テレビ西日本の要請を受け、6 日の特別番組に出演するため福岡へ。当初番組出演のみの予定であったが、8 日土曜日に特別番組編成で今回の大雨災害の特集をすることになり、  福岡に滞在することになった。
今回の被害が大きくなったのは、5 日から 24 時間の総雨量が、この地域では 1 カ月分以上になる 545.5 ミリにおよび、しかも午後 1 時から 5 時までの間に 300 ミリ以上の雨が、  ごく限られた地域に降ったことで、山間部のいたるところで土石流が発生し、まさに「山  津波」が数十か所で発生したことによるものだと考えられる。その被害の凄まじさは、現  地に入って息をのむほど恐ろしいものだった。

7 日朝からテレビ西日本の取材班に同行して朝倉市へ初めに訪れたのは、桂川に面した比良松中学校。ニュースなどで報道された映像は見て  いたが、目の前で体育館の床下が、今も崩れているという状況であった。川の水は、泥色  で、中学校周辺では、あちらこちらで堤防が削られている様子がうかがえた。
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朝倉市の災害対策本部を訪問。壁一面の情報掲示板には、被害状況が大量に描きこまれ  ているが、対策欄は空白も多く、まだパニック状態に見えた。市の防災担当係長と県の連  絡員から状況説明を受け、市内の被災状況の確認に向かった。

取材班が前日までに取材していた三奈木地区の避難所を訪ねた。避難者に話を聞くと、  この避難所に避難している人は、早く避難したということであった。お年寄り夫婦に話を  聞くと、平成 24 年の九州北部豪雨でも被害にあったということで、避難は早くできたが、  こんなに大規模な被害になるとは想像もしていなかったということであった。また、もう  一度再建するという気力が今はないという声もあった。この避難所では、地域コミュニテ  ィーが強く、助け合っているという印象を受けた。

車を走らせ、杷木の林田地区のビニールハウス群にたどりついた。数十個のハウスが土  砂に襲われ、シクラメン等が水没して、泥だらけになっていた。全滅ではないだろうか。  近くの河川や水路から越水して周辺の農地に広がったのではないだろうか。ビニールハウ  スだけでなく、あたりの田んぼにも泥は広がっていた。経済損失は大きいだろう。

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8 日午後と 9 日は関西テレビの取材班に同行して朝倉市へ

特に被害が大きいと思われる杷木地区へ向かった。河川に架かる橋や道路は樹皮を剥か  れた杉の木など大量の流木で埋め尽くされている状況であった。

避難所になっている杷木地区のらくゆう館を訪問した。この地域では、平成 24 年九州北部豪雨の際にも被害を受けており、私たちが地域の方たちと一緒に平成 26 年に自主防  災組織の避難訓練を実施したところでもあった。当時リーダーであった方を訪ねた。今回  はあまりにも短い時間に大雨が降り、逃げることが精いっぱいで、何もできなかったとい  うことであった。ただ、訓練をしてハザードマップも確認していたことなどから、避難す  ることの理解は住民に広まっており、あっという間に大災害になったが、人的被害が拡大  せずに済んだのではないかということであった。

9 日には松末地区の土石流の跡が生々しい山間部に入り込んだが、涸沢や生活道路のい  たるところを灰色の土砂が埋め、山肌のいたるところが剥ぎ取られている惨状であった。  崩れた土砂が杉などとともに川に流れ下流まで流れ込んで、下流では、流木が道路などを  ふさいでいたということであろう。

発災直後の現地を見たが、このような災害は日本全国至るところで起こる可能性があり、  改めて自然の驚異を目の当たりにした。

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