これからの治水で悩ましい「悪魔の選択」とは? コラム
2019年11月28日
11月28日 (加藤 拓磨 中野区議会議員 11月9日アゴラ掲載)
台風19号の災害を受け、10月14~16日にアゴラにおいて「緊急放流、八ッ場ダム…今こそ「治水」を語ろう」、「一部議員でも錯覚。緊急放流は危険を回避するための方法だ」、「元国交省職員として言いたい!緊急放流に至るギリギリの判断」を投稿させていただきました。
多くの反響をいただき、治水政策に対するご理解をいただけたと感触を得ております。
そして台風19号、台風21号に伴う豪雨の被害によって、多くの日本国民が現状において治水対策がまだ十分ではないと認識に至ったと思います。
国が管理する一級河川のほとんどは100年に一度の大雨(このような頻度をL1(レベル1)といいます)、洪水に対応できるように整備を進めています。
東日本大震災の津波は800年に一度ともいわれ、L2(レベル2)といわれる1000年に一度の大雨のケースも検討するきっかけとなりました。
また地球温暖化に伴う気候変動は長期的に降雨形態を変化させると予測されており、国土交通省は気候変動を踏まえた治水計画に係る技術検討会において、その想定をどのようにすべきかを検討しています。
そして同検討会では「手戻りとならない」というキーワードの下、その想定に基づき、各河川で計画を再構築すべきとしています。
この検討会の前段となる研究に「国総研プロジェクト研究報告第56号 河川・海岸分野の気候変動適応策に関する研究-「気候変動下での大規模水災害に対する施策群の設定・選択を支援する基盤技術の開発」の成果をコアとして-」という報告書が出されています。(こちらをご参照)
手前味噌ですが、私も執筆者の一人であります。
ここでは政策に落とし込む前のあらゆる検討をしてきました。
研究の結果、最後に「悪魔の選択」をする覚悟も必要であるという結論に至りました。
フィクションドキュメンタリー「荒川氾濫」をご覧になれば想像できますが、巨大都市圏で氾濫すると数十兆円の被害額、数千人の死者数になると想定しております。
東京の中枢が水没することから、東京というよりは日本全体が機能不全になります。
また場所によりますが、上流部で氾濫すると被害は二桁下がり、数千億円、数十人となりえます。
どこが氾濫するかはわからないため、そのケースによって被害は全く異なっていきます。
もし、あなたが河川管理者だとして、L2といわれる1000年に一度の豪雨が降り、必ずどこかが氾濫するならば、できるだけ被害が小さいエリアで氾濫してほしいと願うはずです。
イメージのために図1~4に仮想河川の氾濫被害を示します。
上流域と下流域の二か所でのみ氾濫が起こり得る河川だと想定します。
説明の便宜上、図1に示すケース3から説明します。
1000年に一度の洪水が発生して、上流域での破堤・氾濫する確率が60%、下流で破堤しない確率が95%となる場合です。
上下流の確率を掛け合わせた57%(=60%×95%)がこのケースの発生確率となります。
上流域で被害額1000億円、死者数50人、下流域では被害なしとします。
図1
図2はケース1で上・下流域とも氾濫がなく、被害がありませんが、その確率は8%と祈るようなケースとなります。
図2
図3はケース2で下流域のみが破堤・氾濫した場合を示します。上流よりも資産、人口集中しているために被害額20兆円、死者数1000人、発生確率32%とします。
このケースだけは絶対に発生させてはならないと断言できます。
図3
図4はケース4で上流域で氾濫し、下流域でも破堤・氾濫したものです。
上流域で氾濫することにより、河川流量が減るために下流域の破堤確率を低下させ、かつ氾濫水量が減るために破堤しても下流域の被害は単独で破堤するよりも小さいものとなります。
図4
これら4ケースをまとめたのが表1です。
期待値は6.52兆円、死者数353人となり、平均的な被害となります。
河川管理者としてはケース2を発生させるわけにはいきません。
ケース1になることを望むところですが、10分の1以下の確率を指を咥えて待っているわけにもいきません。
期待値、平均的な被害よりも小さい被害に食い止めたいと考えれば、上流で破堤すると確実にその値の中に納まります。
ここで悪魔の選択肢が出てきます。
上流で意図的に破堤をさせると上流は確実に被害が出るものの資産、人口が集中している下流側のリスクを大きく下げることにつながります。
台風19号においてダム、遊水池などの治水施設の効果が示されましたが、これらは一時的に水を貯めこむという点においては上流における氾濫も、下流に対しては同様の役割を果たすわけです。
表1
下流の住民目線で言うと上流で破堤してくれた方が自分のまちのリスクが下がることになります。
国家規模でみれば、すべてを守り切れないような豪雨の場合、河川流域全体の被害の最小化をするためにはどうすればいいのか考えなければなりません。
資産・人口が少ない地域で氾濫してほしいと。
ただし上流の方が人口・資産が集まっている流域もあるため、一概にこの考え方がすべての流域に適応はできないことは留意してください。
私がこの研究をしている当時にちょうどマイケル・サンデルのハーバード白熱教室が放映されており、その中でトロッコ問題が取り上げられ、真剣に話し合ったことを記憶しています。
参考「トロッコ問題」
“この時たまたまA氏は線路の分岐器のすぐ側にいた。A氏がトロッコの進路を切り替えれば5人は確実に助かる。しかしその別路線でもB氏が1人で作業しており、5人の代わりにB氏がトロッコに轢かれて確実に死ぬ。A氏はトロッコを別路線に引き込むべきか?”
トロッコ問題の先には最終的に殺人に正義はあるのか、戦争に正義はあるのかが問われることになっていきます。
治水政策の過渡期にも同様のことが問われます。
私自身、上流の方が人口・資産が少ないからといって、わざと上流側の堤防を破壊することがあり得るのか、泣きながら検討しました。
しかしトロッコ問題とは異なり、その状況に至る前に様々なメニューを用意することもできるわけです。
上流の住民に対しては、事前に十分に説明し、特殊な住居の建設の補助金、移転・災害補償などを出すことが考えられます。
これは一つの例であり、上流の方が人口・資産が集中しているケースなどもあり、河川ごとの計画が必要でありますが、抜本的な見直しが迫られていることは間違いありません。
参照記事:今こそ大戦略が必要な日本の災害リスク軽減対策(アゴラ:藤原かずえ氏)
加藤 拓磨 中野区議会議員 公式サイト