東日本大震災から6年経った福島を訪ねる(中編) コラム
2017年4月25日
4月25日
廃炉ロボの訓練場、VRと実物大で操作感養う
福島県楢葉町にオープンした『楢葉遠隔技術開発センター』。福島第一原子力発電所の廃炉に向けた様々な実験を行う施設だ。研究管理棟には原発内の様子をバーチャルで再現する施設。試験棟には圧力抑制室のモックアップを設置し、廃炉作業の効率的な方法や実際の作業の流れを再現・検討している。また施設は民間への貸し出しも行われており、地元企業や自治体が利用することでイノベーションの萌芽を生み、新たな雇用などへと繋がることが期待されている。そんな施設を”防災の鬼”渡辺実氏が視察。前編に続き今回は、各施設の実際をお届けする。
研究管理棟にあるVR(バーチャルリアリティ)システムを体験する渡辺氏。大きなヘッドセットをつけるタイプではなく、3つの壁に画像を投影し、そこに三次元を再現するメガネをつけて入ることでよりリアルな「没入感」を得られるものだ。
「こちらで原発内の様子を正確に再現します。例えば何かしらの機材を持ち込むにしてもそれが入るだけのスペースが施設内にあるのか。そうしたことをバーチャルではありますが実体験に近い感覚を得ながら見ることができるのです」(小島氏)
「実際に1F(福島第一原子力発電所)には観測用のロボットを投入していますね。そうしたロボットたちが撮影した映像や実測してきたデータなどをこちらにフィードバックし、VR映像をより実際に近い形に更新することもできるのですか?」(渡辺氏)
「可能です。実際にそうしたことが計画されています。VRシステムも広い意味でいえばシュミレーターです。つまり実験施設であるということです。仮想現実空間にロボットが測定してきたデータを反映させることもできるし、それ以前に投入するロボットをまずはこちらの仮想空間で稼働させてみることもできます」(小島氏)
「なるほど、そうした仮想空間での実験データをもとに、つぎに試験棟のモックアップで実作業の方法を検討するということですね」(渡辺氏)
メガネの両サイドについている「マーカー」の動きを本体が察知して映し出される画像が変化する
仮想と現実で精度を高める
「炉内に投入するロボットや機材を実際に稼働させる前にこちらのVR空間で稼働させる。同時に試験棟では積み木や配管などで凸凹を再現し、そこでの実験もする。仮想空間と現実空間で情報をやりとりしながら、より精度の高いものへともっていくということです」(小島氏)
「私もVRゲームの開発などに携わっているのでヘッドセット式のVRシステムは何度も体験しているのですが、壁に画像を投影するこちらのタイプはさらにスケールの大きなリアル感が体験できますね」(渡辺氏)
「廃炉作業に投入する各種ロボットは一つひとつがとても高価なものです。壊さないように操作するにはそれなりの技量が必要となります。まずは仮想で練習して、その後、リアルで訓練し、次の段階として現場に出る、といった使い方ですね。またロボットそのもののデータをVR空間で再現し、どれだけハードな使い方をすれば壊れるかなどの仮想実験も視野に入れています」(小島氏)
地震と津波の影響で、実際の現場は瓦礫が散乱した状態だ。そうしたリアルな現実を再現するために試験棟には様々な積み木や配管、階段やキャットウォークのモックアップが用意されている。
試験棟はその名の通り、さまざまな試験を行うための施設だ。実物大のモックアップで作業を再現するためにこれだけの規模となっている。
今後はさらに各種のモックアップを搬入する可能性がある。その重量に耐え得るよう、床のコンクリートの厚さは2メートルだ。通常は30~40センチメートルなので、どれだけ厚いかがわかる。
試験棟。縦80メートル、横60メートル、高さ40メートルの巨大な施設
廃炉に向けた工法を検証
福島第一原発の廃炉は「冠水式」という工法が検討されている。その詳細を小島氏が解説する。
「福島第一原発の廃炉に向けた行程は、瓦礫の処理と燃料デブリの処理が2大作業です。燃料デブリの処理に関しては、冠水工法と気中工法とがあります。今年の夏にどちらを使うかというのを国がみきわめることになっているのですが、当施設では冠水工法についてその実証実験を行っています。
原子炉建屋内部はコンクリートを取り除くと、格納容器とサプレッションチャンバいわゆる圧力抑制室が現れます」(小島氏)
圧力抑制室(サプレッションチェンバ)とは原子炉格納容器をぐるりとドーナツ状に取り囲む施設だ。これが8本のベント管で原子炉格納容器とつながっている。
原子炉の温度が上がれば、圧力抑制室の冷却水が冷やす仕組みなのだが、現在これが機能していない。何かしらの原因で冷却水が漏れ出しているからだ。
「現在も冷却水は1日に3~4トンほどを注入しているのですが、圧力抑制室の水位は30センチメートルほどだと観測されています。つまりどこからか漏れているわけですが、それがどこなのか、はっきりしたことは解っていない状況です。ただ、様々な状況証拠を考え合わせると、漏れの原因は圧力抑制室にあるのだろうと推測されます」(小島氏)
サプレッションチェンバのまわりは当然放射線量が高い。ただ短い時間であれば人間が実際に行くことができる場所である。
「サプレッションチェンバの真上の床に穴を開けます。次にアーム型のロボットを設置しこれを遠隔で操作することになります」(小島氏)
ボディーにロボットが穴をあけ、さらにその中にあるベント管のボディーにも穴をあける。その穴に風船状の機材を折りたたんだ状態で投入し、中で膨らませるのだ。こうすることで、ベント管に栓をする。
「それでも隙間ができると思うのですがそれは?」(渡辺氏)
「おっしゃる通り、どうしても隙間ができますからそこに樹脂系の補助充填剤を入れて固めるわけです。このように完全に隙間を塞いだ後に水を注入し、格納容器を一杯にします」(小島氏)
燃料デブリを取り出すにはある程度の水位が必要だ。本体から取り出すためにデブリを切ったり削ったりの作業が行われる。格納容器が水で満たされていれば、これが遮蔽物の役割をして、粉塵などをまわりに拡散するのを防いでくれる。
そんな場面で活躍するのが水中ドローンだ。遠隔操作で水中を移動し、中の様子を伝えてくれる。
実験棟には水中での作業を再現するための巨大水槽も完備されている。
下の写真にある大きな筒が水槽だ。小窓があり、そこから水中ドローンの様子を見ることができる。ドローンのカメラが渡辺氏の顔をキャッチした瞬間がモニターには映し出されている。
左図:実験棟で見ることができる水中ドローン。「現在はさらに進化したものが開発されています」と小島氏
右図:左のモニターに映っているのは水中ドローンからの映像
いくら巨大施設が完成しても…
また同センターは実験だけでなく、開発の現場でもある。
「廃炉作業には多くのロボットが投入されます。当センターをその開発の現場として使っていただくのも我々の仕事なのです。現在のロボット開発にモーションキャプチャーの技術は欠かせません。そうした設備も整っていますので、まずはお問い合わせいただきたいと思っています」(小島氏)
例えば人間の各関節などにマーカーを装着し、この中で運動する。これを複数のカメラが解析し、体の動きをミリ単位で記録できるのだ。
「CGを使うゲームの世界でもモーションキャプチャーの技術は使われる。ただ、この規模の施設は見たことがありません。これなら複数の人間の動きを同時にキャプチャ―できる」と渡辺氏も舌を巻く。
視察を終えた渡辺氏は巨大な施設を振り返って、空を仰ぎつぶやいた。
「福島県浜通り地区のイノベーション・コースト構想は2020年を1つのめどとして計画が進行している。この開発センターは構想の重要な一部。今後もさらに多くの施設が稼働を始める予定だ。ただ、こうした構想が動き出したことと、その地域に住む人達の生き続ける生活の質の改善とは必ずしも一致しないというのが現実。いくら巨大施設が完成してもこれを使用するのは原子力の専門家や企業であり、地元雇用が大きく発生することにはなっていない。つまり、被災者の幸せが確保できるわけではないということ。ここから目を背けてはならない!」
“防災の鬼”渡辺氏が語る「被災地で生き続ける人達の生活」。
その現実を見据えるため、次回は避難指示解除になっても、この6年間、なにも変わらない帰還困難区域の今に深く切り込む。
防災・危機管理ジャーナリスト/株式会社まちづくり計画研究所 代表取締役所長/技術士/防災士
渡辺 実
1974年工学院大学工学部建築学科卒業。公益社団法人日本都市計画学会、一般財団法人都市防災研究所等を経て、1989年に株式会社まちづくり計画研究所設立、代表取締役就任。
国内外の自然災害被災地、大規模事故現場へ足を運び、被災者、被害者の立場にたって問題や課題をジャーナリスティックに指摘。現場体験をベースに、災害報道の検証や防災対策についても国民サイドにたった辛口の提言を続けている。
2007年より、NPO法人日本災害情報サポートネットワーク理事長としても活動。
◇主な著書
『巨大震災その時どうする?生き残りマニュアル』(日本経済新聞出版社) 2013
『都市住民のための防災読本』(新潮社) 2011
『大地震に備える 自分と大切な人を守る方法』(中経出版) 2011